
アメリカはこの1930年代と1980年代の転換期日本を戦略的競争相手と位置づけた上で、日本のさらなる躍進を抑えようと必要な圧力をかけ続け、最終的に日本を弱体化させることに成功しました
覇権国家アメリカからの二つの抑圧
・1930代は日本による植民地支配の拡大が東アジアの秩序に対する喫緊の脅威だった、禁輸処置やその他の制裁を通じて東アジアでの勢力拡大を抑圧しました、日本はアメリカからの石油輸入が不可能になりどうにもならなくなり対米開戦に踏み切りましたが、その後は悲惨な敗戦になりました。
・1980代、以前から二度のオイルショックでアメリカはインフレに苦しみます、自動車、半導体等、日米貿易摩擦は拡大しましが米ソ冷戦が続くなか強い日本には存在意義がありました、しかしソ連に対する優位と冷戦勝利の可能性が見えだしてからは日本を最大の脅威と見なすようになり、プラザ合意(1985年)G5で為替介入ドル安誘導で日本は円高になり輸出関連産業は大打撃を受け円高不況に陥りました、日本は不況対策としで利下げを実施、その結果バブル経済に陥りました、1991年バブル崩壊で失われた30年を迎える事になります。1991年ソ連崩壊で益々日本叩きがヒートアップする 1997年金融危機が発生
2度にわたってアメリカに苦しめられた、日本の経験は現在の世界を見る上で極めて重要な視点を提供してくれます、世界は再びアメリカを地殻変動の震源地とする統治観の大転換の真っ直中、日本の転換点であるとも言えます。
今度は中国を脅威と見なし米中冷戦状態に、その中で地政学的に日本は又重要な存在意義を持つ事になっている。
1950年以後の米ソ冷戦時の様に中国脅威でアメリカは日本を支援する事が考えられる。追い風が吹いて来てる、経済成長の期待が持てる。
